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[ID:11381]斎場御嶽

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15世紀-16世紀の琉球王国・尚真王時代の御嶽であるとされる。「せーふぁ」は「最高位」を意味し、「斎場御嶽」は「最高の御嶽」ほどの意味となる。パワースポットとしても人気のスポット。敷地内には首里城内の施設名と同じ拝所が複数ある。 3つの拝所が集中する最奥部の三庫理(さんぐーい)には「チョウノハナ(京のはな)」という最も格の高い拝所があり、クバの木を伝って琉球の創世神であるアマミキヨが降臨するとされる。 なお、三庫理からは王国開闢にまつわる最高聖地とされている久高島を遥拝することができる。

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基本情報

施設名 斎場御嶽
住所 〒901-1511 沖縄県南城市知念字久手堅
アクセス 那覇空港から車で約35分(那覇市国場→南風原町経由)最寄の南風原北ICから約25分

マップコードHR: 33 024 282*63
※「マップコード」および「MAPCODE」は㈱デンソーの登録商標です。
電話番号 098-949-1899
営業時間 開館時間 : 9:00~18:00(入館は17:30まで)
定休日 旧暦の5月1日から3日と10月1日から3日 (新暦のカレンダーの日付ではありません旧暦のカレンダーでご確認下さい)
料金 【入場料金】
個人: 大人 / ¥200 小中学生 / ¥100
団体: ¥150 (20人以上)
支払方法

所要時間 50分
言語(メニュー)
WiFi
備考 ※駐車場 がんじゅう駅・南城、知念崎公園(約150台)
※車イスでは行けません。

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琉球の創世神アマミキヨが天からこの島に降りてきて国づくりを始めたという伝説が言い伝えられ 国はじめの七御嶽のひとつでもあり、琉球王国最高の聖地である。 斎場御嶽(せーふぁうたき)は現在の沖縄県南城市にあり、15世紀-16世紀の琉球王国・尚真王時代の御嶽であるとされています。「せーふぁ」は「最高位」を意味するので、「斎場御嶽」は「最高の御嶽」の意味となります。「御嶽」とは琉球の信仰における、祭祀などを行う場所である。御嶽の中には、六つのイビ(神域)がありますが、大庫理(ウフグーイ)・寄満(ユインチ)・三庫理(サングーイ)は首里城内にある建物や部屋と同じ名前になっています。これは当時の首里城と斎場御嶽との深い関わりを示しています。 琉球王国最高の御嶽とされ、国家の最高神職である聞得大君が管理し、聞得大君の就任儀式である「御新下り(おあらおり)」が行われていた。 斎場御嶽は、琉球王国や聞得大君の聖地巡拝を今に伝える「東御廻り(アガリウマーイ)」の参拝地として、現在も多くの人から崇拝されていて、パワースポットとしても人気があります。 2000年11月に首里城などと共に琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産に登録されています。

大庫理(ウフグーイ)

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入口から順路を進んで最初の拝所が大庫理(ウフグーイ)です。大広間や一番座という意味を持っており、全面には、磚(せん)の敷かれた祈りの場(ウナー)があります。

寄満(ユインチ)

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大庫理の岩をまわった反対側にあります。寄満とは王府用語で「台所」を意味しますが、貿易の盛んであった当時の琉球では、世界中から交易品の集まる「豊穣の満ち満ちた所」と解釈されています。。

三庫理(サングーイ)

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二本の鍾乳石と、三角形の空間の突当り部分は、それぞれが拝所となっています。また、東側には海の彼方に久高島を望むことができます。

※これらの場所は首里城にある施設名と同じ、大庫理(ウフグーイ)・寄満(ユインチ)・三庫理(サングーイ)となっています。

用語説明

東御廻り(あがりうまーい)

琉球民族の祖といわれる〈アマミキヨ族〉が渡来し、住みついたと伝えられる知念・玉城の聖地を巡拝する神拝の行事。 首里城を中心に、大里・佐敷・知念・玉城の各間切を東四間切(あがりゆまじり)または東方(あがりかた)ということから、知念・玉城の拝所巡礼を〈東廻り〉と称したものである。〈今帰仁ヌブイ〉と同じく、沖縄中の各門中が拝む風習があった。久高島は麦の発祥地、同じく知念のウファカルと、玉城の受水走水(三穂田)は米の発祥地として国王及び聞得大君が参詣したことから、沖縄中の各門中も拝むようになったという。。

御新下り(おあらおり)

聞得大君が最高神職に就任する儀式。首里における儀礼を終え、大里間切与那原(おおざとまじりよなばる)にあったいくつかの要所を経て、知念間切(ちねんまじり)にある斎場御嶽に入り、2日間に及ぶ数々の儀式を執りおこなった。 聞得大君は、聖水を額に付ける「御水撫で(うびぃなでぃ)」の儀式で神霊を授かり、神と同格になったといわれる。 御仮屋(うかりや)が建てられたり道路が整備されたりと、その準備には数か月も及んだという。琉球王国で最大規模の行事。

聞得大君(きこえおおきみ)

聞得大君とは「最も名高い神女」という意味で、琉球の信仰における神女の最高位の呼称。聞得大君は、琉球王国最高位の権力者である国王と王国全土を霊的に守護するものとされた。そのため、国王の姉妹などおもに王族の女性が任命されている。 琉球全土の祝女(ノロ)の頂点に立つ存在であり、琉球最高の御嶽である斎場御嶽を掌管した。 初代(1470年)から15代(1875年)までの約400年余りにわたって、琉球王府の神事を担った。

アマミキヨ

琉球民族の祖霊神と言われている。 琉球の神話では、日の大神(天にある最高神)は琉球を神の住むべき霊所であると認め、創世神・アマミキヨに命じて島づくり国づくりを命じる。天上より琉球の地に降りたアマミキヨは、この命を受け、沖縄本島をつくったとされる。 現在では、アマミキヨによってつくられた聖地のうち7つが琉球開びゃく七御嶽として語り継がれ、琉球の信仰において最も神聖な御嶽として位置づけられている。

久高島(くだかじま)

琉球王朝時代の神事がおこなわれた、神の島と呼ばれる島。 知念(ちねん)半島の東約5kmに位置し、周囲7.75kmの小さな島。琉球開びゃくの祖アマミキヨが天から降りて最初につくったとされている島で、五穀発祥の地、神の島と呼ばれている。また、歴代の琉球国王は久高島参詣を欠かすことはなかった。久高島には、12年に1度、午年に行なわれる祭事・イザイホーに代表されるように神秘的な祭事がそのまま残っているため、民俗的に貴重な島として注目されている。。

 

※参考・引用…南城市HP

地図

施設名 斎場御嶽
電話番号 098-949-1899
住所 〒901-1511 沖縄県南城市知念字久手堅
アクセス 那覇空港から車で約35分(那覇市国場→南風原町経由)最寄の南風原北ICから約25分

マップコードHR: 33 024 282*63
※「マップコード」および「MAPCODE」は㈱デンソーの登録商標です。

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